父の教え

父は子育てに余り口を出さなかった。
小さい頃に父から言われたことは、
挨拶をきちんとしなさい
真面目でいなさい
それだけだった。
母に言わせると、私はあまりわがままを言わない子だったそうだ。
甘え下手だったと言っていい。
感受性が強く、人に弱味を見せたくないタイプ。
幼稚園で泣いてしまった日には、親に悟られないように家の周りを何周も歩いてから玄関に入ってくる子だったそうだ。
(もちろん、親は知っていた)
そんな性格も、私は父に似ていた。
父は苦労した人だった。
学力は高かったそうだが、経済的な理由から進学出来ず、自分より学力が低かった人が進学していく姿に悔しい思いもしたらしい。
一生懸命働いて、家族を養うことを決めていた。
我武者羅に働き、長男ではなかったのに、実家の面倒も全てみていた。
随分小さい頃、私は父親っ子だったそうだが、物心ついた頃からは、父には何だか近寄り難かった。
だから父は、子どもたちの情報をいつも母経由で聞いていた。
ずいぶん大人になって、一度だけ電話口に出た父に泣き言を言ってしまったことがあった。
電話だったので、言えてしまったのだと思う。
近寄り難かった父が、電話の向こうで優しく言ってくれた。
「いいか、〇〇(私の名前)
大変な時は、大変な事がいっぺんにやって来る(と思う)。
でもいっぺんにやって来たと思った物事をよーく見ると、それにはちゃんと順番がある。
目の前の直近のものから一つずつ順番に対応していけば、いつか終わる」
それから父は、昔こんなことも言っていた。
「きちんと日にちを決めなさい」
「日にちを決めれば、必ずその日は来る」
覚悟が決まり、その準備も始まると言うことか。
普段無口な父から贈られた(と思っている)この2つの言葉は、今でも私の指針になっている。
死期が近づき自宅療養していた父は、見舞いに来た娘たちにあれやこれや過度に世話をやかれたり、特別話しかけられることを嫌がっていた。
後に母から聞いたのだが、
今まで通り変わらず、母と娘たちでくだらない話で盛り上がったり、姦しくしている姿を近くで見ているのが、何より幸せだ、と。
最後まで父らしかった。