思いのままに

日々徒然

バイトについて

le miel



企業で採用を担当している友人が、


「学生に、"大学時代に何を頑張りましたか"って聞くと、"スタバでのバイトを頑張りました"って言う子がやたら多いんだよね」


そのバイトで学んだことを聞くと、

「自分が汗水流して働いて、お金の有り難みがわかりました」って、


他にないんかねぇ、と嘆く。




私も若い頃にバイトをしていた。


そのお店は、ポップなアメリカンミュージックが流れる、若者に人気のお店だった。


憧れのお店だったから、

週一回(のちに週二回)5時間だけ働かせてもらえることになって、本当に嬉しかった。


早番と遅番があって、私は学校が終わってから遅番で入った。


早番はいつも同じ女性で、私が到着すると、トイレで着替え、大きな荷物を背負って

「行ってきます〜」

と店主のマダムに挨拶して店を後にする。


ミニスカートからすらりと伸びた、長くて綺麗な足に見惚れていると、


「彼女はモデルなの。これからモデルの仕事に行くのよ」

と、マダムが教えてくれた。


どうりで、、、


人に媚びない態度は、どこか冷たく感じられたけど、私とは無縁のかっこ良さがあった。


豹柄のミニスカートをはいたゴージャス系の女性も、よくお店に来ていた。

ここで働いているらしいけれど、シフトに入っているところを私は見たことがない。

なんか、仕事がない日でも遊び?に来ているらしい。


"小さい車だと事故に遭った時に危ないから"

との父親からの言い付けで、アメ車に乗ってバイトに来ているんだとか、、、


「駐車場代がバイト代と変わんないじゃん」

と、仲間うちでからかわれても、

「車関係の費用は、パパ持ちだから〜」

とさらりと言うのを聞いて、

こんな世界の人もいるんだと、心底驚いた。


バイトを始めて少したった頃、よくカウンター席に来ていた綺麗なお姉さんに、

「この子、最近入った子なの」

と、マダムは私を紹介した。


私が慌てて挨拶すると、

「彼女、JALのスチュワーデス(昔はCAとは言わなかった)なのよ。

ここでアルバイトしていた、あなたの先輩よ」

と、マダムは言った。


彼女はいつものように彼が迎えに来ると、幸せそうに腕を組んで店を後にした。


校則の厳しかった高校を卒業して、初めて踏み入れた世界は、どこを見ても刺激的だった。


遅番はほぼ大学生だったけれど、皆垢抜けていて、私は気後れしていた。


憧れて入ったお店だけれど、

客で来るのと働くのとでは、えらく違う。


このお店には特有の決まり事もあった。


まず、オーダーをメモしてはいけない


オーダーは全て暗記して、カウンター脇のスペースに戻ってから、厨房に伝えると同時にメモをとるシステム。


お客から、

「あ、やっぱこっちに変えるわ」

なんて言われると、白目をむいてしまった。


6人組に入って来られた時にゃぁ、倒れ込みそうになった。


私は、後ろ手にまわした指を一本ずつ折りながら、何とかオーダーを覚えた。



こんな大人気のお店でも、ふとお客が途切れる時があった。

すると、一緒にシフトに入っていたベテランバイト生は、すかさずボロ雑巾と洗剤を持って窓拭きを始める。


マダムは私の側に来て、

「仕事は自分で見つけるものよ」

と、ささやいた。


私は次に暇になってしまった時に備えて、邪魔にならずに自分で出来ることを探すようになった。


ただ、私が窓拭きをする機会はなかった。

この店はめちゃめちゃお客が来たから。


ひどい時は、どうにかなりそうな混み具合だった。


私が鬼の形相でオーダーを聞き、お皿をはこんでいる中、厨房では、S君がものすごい勢いでコップを洗いながら

「いくかな?」

と、ニコニコしながら、もう一人のバイトN君に声をかけている。

「こりゃ、いくな」

S君はマダムにも声をかけ、こんなに忙しくても上機嫌に手を動かしていた。


?マークの表情をしている私にS君は、

「来客が◯人を超えると、大入袋がもらえるよ」

と教えてくれた。


そんなシステムがあるお店なんて、聞いた事がない。

大入袋と言っても、時給分位の金額だ。

だけれど、バイト生のやる気も損なわせず、楽しく乗りきらせるのだから、マダムの労務管理は大したものである。



休憩の時間が何分と決まっていないことにも驚いた。


皆、自分で判断して、休憩から戻る。


私は、いったいどの位で戻った方がいいのか、全く見当がつかず、周りに気を使いすぎて、いつも早々に仕事に戻っていた。


その日も、いつものように一番安いメニューと飲み物をオーダーして、勝手口外にある小さな休憩スペースに行くと、そこには既にMさんがいて、タバコを吸って休憩していた。


Mさんは松崎しげる並みに日焼けしていて、長い髪を耳にかけ、いつもタバコを吸っていた。

生粋のサーファーらしい。

ちょっと怖い感じの人だ。


私は少し離れた席で、黙々とパンケーキを口に運んだ。


そんな私にMさんは、いきなり


「あのさー、そんなに急いで食ったら味しないだろ」

と、言った。


「いつも、食ってすぐ戻ってるみたいだけど、そんなんじゃ、休みになんねーだろ」


「食った後、もっとゆっくりしてていいんだよ」


私は何て返事をしていいのか分からず、ただコクンと頷いた。


「オレなんか、ずっとタバコ吸ってて、1時間くらい休憩したころに、マダムから

"M君、そろそろいい?"

って声かかって、ようやく戻ったことがあるくらいだよ。そんなんでいいんだよ」


そう言うと、Mさんは厨房に戻っていった。


私は一言も口がきけなかったけど、無骨なMさんの優しさは十分に伝たわった。


Mさんは本業のサーフィンが忙しのか、それっきり会うことはなかった。




トレーを派手にひっくり返して、かなり落ち込んだ時があった。

私の失敗で、今日の収支はきっと赤字だ。

そう思うといたたまれなくて、胸がきゅっとした。


そんな時、厨房のS君が、


「もうすぐ休憩だよね。

俺、特製のジュースを開発したんだけど、飲んでみない?マジうまいよ」

と声をかけてくれた。


休憩場で口にしたS君特製ジュースは、バナナベースのトロピカルな味で、その美味しさに驚いた。

その程よい甘さは、私の体の隅々まで行き渡り、ガチガチに強張った心までも、優しくほどいてくれた。


S君は三枚目キャラだったけど、気配り抜群で、皆んなに優しかった。


◯美から、

「S君は私の高校の卒業生で、ミス◯◯の超ー美人の彼女がいるんだよ」

と教えてもらったが、深く納得した。


かなり材料費がかかったであろう、あの特製ジュースは、あの時だけマダムも目をつぶってくれたメニューだったみたいで、その後あのジュースを作ってもらうことはなかった。


私は少しずつ仕事に慣れて、バイト仲間とちょっとずつ話せるようになっていった。


こうして時間を重ねながら、もっと打ち解けられ、自然に冗談も言い合えるようになるのではないかと、期待し心躍った。


心躍り期待したが、それは叶わなかった。




私がバイトを初めて1年もしないうちに、オーナーが店を売却することになり、バイト生も全員解散することになってしまった。

事情は詳しくはわからなかった。


マダムらしく、最後に常連客とバイト生のために、店でさよならパーティを開催すると言う。


当日は大勢の人が集まり、飲んだり食べたりしながら皆盛り上がっていた。


私が店に着くと、そこに早番のモデル女性もいた。

私を見つけると手を振って合図してくれた。

一緒に写真も撮った。

バイトでは話す機会はなかったけれど、しっかり仲間だと認識してくれていたことが嬉しかった。


その日は今までで一番、自然におしゃべり出来て、心から楽しめた。


その後暫くしてから、マダムは横浜にあるお店を貸切って、従業員とバイトのために、さよならパーティーも開催してくれた。


マダムから

「彼とか彼女も連れて来てね」

と言われてた。


私は彼氏がいなかったので、同じくチョンガーの◯美と、一緒に行った。


手作り品1品持参のボットラックパーティー。


私は、"サーモンのマリネ"とか"ローストビーフ"とか、洒落たものは用意出来ないから、

好物の「筑前煮」を母に作ってもらって持って行った。


現地に到着すると、想像以上にお洒落なお店で、綺麗なお料理が既にところ狭しと並べられている。


私は筑前煮を持って来た事を深く後悔したが、マダムはタッパーを開けると、まぁ!と満面の笑顔で喜んで、とても感激してくれた。

レンコンを口にすると、美味しい〜と何度も言ってくれた。


ハイカラでちょっと厳しめのマダムが、筑前煮にこんなに感激してくれて、私はとても嬉しかった。


お店には、◯美の同級生の◯子も、美人の早番モデルも、豹柄ゴージャス姉さんも、テキパキ窓拭きバイト生も、みーんな集まっていた。 


サーファーMさんは、やっぱり来ていなかった。


奥のソファーには、S君が美人彼女と並んで座っていた。


美人彼女は、◯美と◯子にとっては憧れの先輩だったようで、ご挨拶に行くと言う。

席に一人残されても困るので、私もいそいそ後に続いた。


S君と美人彼女はソファーに座ったままで、二人の周りには人が集まっていた。


やっと◯美の番がきて、自己紹介している。

美人彼女は、握手した手に左手を添えて、◯美の手を包み込むようにしながら、笑顔で応対していた。

まるでスターのようだった。


◯子も続いた。


美人彼女は一人ひとりに丁寧に話しかけていた。


私は美人彼女と学校も違うし、S君とも特製ジュースを一度だけ作ってもらっただけの薄〜い関係だったから、握手だけしてそそくさと退散する予定だった。


すると、


「あら、あなたがK子さん?

◯◯から話を聞いています」


私のことを知っていたことより、自分の彼氏のことを「◯◯」と苗字呼び捨てで呼んだことに驚いた。


だって、苗字呼び捨てって、

「宅の主人?"佐藤"はただいま外出中ですの。

何かご用でも?」

と、まるで奥様役の若尾文子がドラマの中で言うセリフではないか!


すぐ去ろうとする私の手を、美人彼女は離さず、そっとS君に渡すと、

キラキラした目を細めて、

「こうしたかったんでしょ」

と、ヤキモチを焼いている口調で、可愛くS君に言った。

「おいおい〜」

S君と美人彼女は見つめ合い、私そっちのけで、いちゃいちゃしはじめた。


私は二人のダシに使われた感じだが、何故かいやな感じはしなかった。


美人の彼女の隣に座っていたS君は、いつもよりずっと、格好良く見えた。





入社面接の際に、学生時代に頑張ったことを聞かれていたら、私はあの店のことを話しただろうか。


「バイトの経験で何を学び、何を感じましたか」

との質問に、私はどう答えただろう。





「まず、仕事は与えられるものではなく、自分から探すものだと教わりました。


接客業でしたが、ただオーダーをとって商品を運ぶのではなく、店の一員として、オーダーを暗記するくらいの心構えと自覚が必要なことも学びました。


店全体の様子を常に観察し、自分がどう動いたらよいか(休憩時間をいつどの位とるべきか)自分で判断して行動することも、とても大事なことです。


私が失敗して落ち込んでる時に、さりげなくフォローしてくれる仲間の優しさに、自分も仲間が困っている時に、何が出来るか考える人間でありたいとも感じました。


何より、仲間と働くことの素晴らしさを、バイトを通して学ぶことが出来ました」

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