メリーについて

実家で犬を飼っていた。
母は生き物のお世話が好きで、私が小さな頃はインコを飼っていたが、子育てが終わり、愛情を傾ける対象が欲しかったのだろう、前振りなく、父と一緒に子犬を連れて帰ってきた。
室内犬を飼うのは初めてだった。
生後数ヶ月のヨークシャーテリア。
名前は母が「メリー」と名づけた。
本当に可愛いくて、子犬の時は皆が構いたくてしょうがなかった。
私は既に会社勤めをしていたので、お世話はもっぱら母が担っていた。
メリーちゃんは可愛いだけでなく、とても賢い子だった。
母曰く、
小さなことで父と諍うと、すぐにメリーちゃんが父の側に寄ってきて、母に向かって吠え始めるんだとか。
その姿に父は相好を崩し、メリーちゃんを抱きかかえるとご機嫌になって、すぐに喧嘩は終わってしまうんだそうだ。
メリーちゃんは、自分がどう行動したら喧嘩が早く終わるのか、ちゃんと分かっていた。
休日には、私は2階の自室で朝寝坊をしていた。
決まって10時になると、メリーちゃんは階段の下で鳴いて母に訴える。
「お姉ちゃんの部屋に連れて行って」と。
母がメリーちゃんを抱いて階段を上がり、私の部屋まで連れて来ると、メリーちゃんは何処からそんな声を出しているのか、何とも甘えた声を出して私のベッドに入ってくる。
私の顔を舐めて、思いっきり愛情表現すると、
「もう用はないから、あっちへ行って!」
とばかり、母に吠え始める。
母は毎回その姿を嬉しそうに見つめると、
「はい、はい」
と言って階下へ降りて行った。
メリーちゃんは、すっかり成人した娘が、母にとって大事な存在であることを感じとっていたのだろう、こうすることが母を喜ばすことだと知っているようだった。
だって、メリーちゃんが一番好きなのは、お母さんだったから。
父は寝る時に、自分のお布団にメリーちゃんを呼んで一緒に寝ていたが、父が寝たのを確かめると、メリーちゃんはそーっと父の布団から抜け出し、母のお布団に入りなおして朝まで寝ていた。
(その不自然さを父はどう思っていたのか?)
私は結婚して家を出たが、里帰りすると、メリーちゃんは私に飛び付いて来た。
出産後に里帰りした時には、2階で赤ちゃんを寝かしつけ私が階下に降りて来ると、決まってメリーちゃんは階段の下で待機し、赤ちゃんがちょっとでも泣き始めると、吠えてリビングまで知らせに来てくれるようになった。
だから私は、眠った赤ちゃんのお世話をメリーちゃんにお任せして、母とゆっくりお茶ができた。
本当に、お世話になった。
しかし、私はメリーちゃんに申し訳ないことをしてしまった。
その後、赤ちゃんに犬猫アレルギーがあることがわかったのだ。
あの日、
赤ちゃんと一緒に里帰りしたのたが、喜んで飛んで来てくれたメリーちゃんを拒絶し、母に近寄らせないようにお願いした。
明らかに戸惑っているメリーちゃんに、母は何度も丁寧に説明していた。
「お姉ちゃんはね、もうメリーちゃんのお姉ちゃんじゃなくなったんだよ。
赤ちゃんのお母さんになったんだよ」と。
あの時は、私も必死だった。
謎に続く咳が、アレルギーだとは分からなくて。
ただ、後になって思えば、いかようにもやりようはあった。
暫く間があき、久しぶりに里帰りした時、
反射的に走り寄ろうとしたメリーちゃんが、途中で何かに気付き、首を傾げながら、走りを止めて、でも体は急に止められなくて、変な格好になってしまった様子が、今でも目に浮かぶ。
隔離していた訳ではないのに、メリーちゃんがその後、赤ちゃんに近づくことは一切なかった。
父と母とメリーちゃんの静かな生活は続いた。
私は何かと忙しくなり、里帰りする機会はめっきり減ってしまった。
メリーちゃんが亡くなったとの連絡は、母からあった。
いつも動じない父が泣いて、庭に埋める事が出来なくて、亡くなったメリーちゃんを車に乗せて、供養してくれそうなお寺を探したそうだ。
スマホなんてない時代。
やっと見つけたお寺は、ペットの合同墓に入れてくれると言う。
ここなら、メリーちゃんもお友達と一緒で寂しくないと、父と母は納得したそうだ。
あの時に、私もちゃんとメリーちゃんに伝えてあげれば良かった。
伝えたら分かる賢い子だったから。
「赤ちゃんのお世話をしてくれて、ありがとうね。
とっても助かったよ。
ただ、赤ちゃんはアレルギーがあるんだ。
だから、近くに寄れなくなっちゃったんだよ」
気遣いできなくて、ごめんね。
ずっと、ずっと大好きだよ。